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いろいろ。。。

ジョディの誕生日の記事から、あっという間に半年以上も経ってしまいました。
この間、我が家では本当にいろいろな事がありました。

何から書けばいいのだろう。。。
とりあえず、順を追って書くしかないですね。

ジョディの誕生日の直後、フィラリアの血液検査のついでに小巻と幸多の肝機能と腎機能の血液検査もしてもらいました。
その結果、小巻は異常なしでしたが幸多は元々問題ありの肝機能に加え、腎機能のBUNとCREの数値も良くない事が判り3月末から週一の輸液を受けるようになりました。
毎週土曜日か日曜日は幸多の通院日となり、私と幸多、二人だけのドライブをずいぶん楽しみました。
それでも、早めに判ったのでフードも腎臓サポート食に切り替え小康状態を保ちつつ、時には幸多の体調と相談で腎臓にはあまり良くないんだけど、美味しいお肉やレバーなんかもちょっぴり味わったりもしたね。

実はこの夏、私自身も白内障がかなり進んで8月25日が手術日に決まり、何となく不安な落ち着かない気持ちでお盆休みを迎えました。
また明日からお盆休みと言う日に、小巻がいきんでもおしっこが出なくなり、私が手で圧迫排尿をしてやっといくらか尿がでると言った状態で食欲もなくだるそうにしていたので、連休初日の朝一で動物病院に連れて行きました。
血液検査の結果、腎機能のBUNとCREの数値が3月末の幸多の数値よりも一段と悪く、尿道閉塞による急性腎不全を起こしているとの事で、すぐに点滴とカテーテル挿入で排尿させるため緊急入院となってしまいました。
ちょっと予期はしていたけれど、実際そうだったなんて。。。やはりショックでした。

3日間入院させて再度の血液検査やエコー検査の結果、腫瘍などの影響ではなくおそらく神経的な問題で尿道が開か亡くなっているという結果でした。
尿道再建術も検討しましたが小巻の年齢を考えると、全身麻酔のリスクも術後の感染症になる危険率も高いので迷っていたし、何より先生が手術には消極的でした。
小巻は相変わらず食欲も戻らず、このままでは体力的にも参ってしまうのでは。。。
悩んでいる私に先生から「ステント手術」の提案があり、なんでも閉塞している部分に細かい金属製のメッシュの管を通して尿が出るようにする手術だとかで、術後は垂れ流しになってしまうけれど手術の時間も短く高齢犬でも負担が少ないという事で、もし受けるならその手術を行っている病院に紹介状を書いてくれると言ってくれました。

先代のぶぶかを同じように泌尿器の病気で亡くしているので、出来るだけの事を手遅れにならないようにしてやりたかったので、私に否応はありませんでした。
すぐに先生の紹介で都内の杉並の病院に転院させました。

我が家からは電車を乗り継いで2時間近くも掛かるため、毎日は会いに行けず手術前の検査で膀胱内の炎症を治して食欲が戻らないと手術は出来ないのでまずはそちらの治療から始めました。
そうして転院してから3日目の夜中に、「小巻が発熱していて複数の抗生剤を点滴しているが、万一の事もあるのでご報告しておきます。」との電話あり。
翌日、もうとっくにお盆休みは終わっていましたが、午前中休みをもらって急遽病院に駆けつけました。
熱は徐々に下がって来たけれど、まだ食欲が戻らない。。。
小巻は、酸素室の中でぐったり横になっていて私が名前を呼んでも、顔も向けてくれず手を差し入れて撫でてやると鬱陶しそうに背中を向けてしまいました。
担当の先生からお話があり、小巻は尿管が細く年齢的にも脆くなっている可能性があるので、ステントを挿入しても、術後の痛みなどの後遺症が残るだろうと。。。このままカテーテルを留置して神経の働きを促す薬を服用して様子を見るのがベストだと。。。
人間用にはシリコン製の物も開発されているそうですが、犬用はまだステンレス製の物しかなく、実際にステント手術をした犬でも排尿の度に悲鳴を上げるほど痛がる子もいたりして、まだまだ犬のステント手術は開発途上のようです。
人間でも、常に違和感を感じたり痛みを感じる人もいるようですから、ステントを挿入する場所によっても違うのかも知れませんね。例えば胆管とかは違和感感じなくても尿管は痛むとか。。。
でもHP上でも、リスクと負担の少ない先進医療と謳っているのに担当の先生が躊躇するなんて、ちょっとおかしな話です。

ステント手術を受けないならば、都内の病院に入院させていても意味はないと思ったので一週間の入院でまたいつもの掛かりつけの病院に戻しました。
先生はステント手術は小巻に不向きと聞いて、「ふーん」と言う感じでしたけど、自身の臨床経験がないからなんとも判断できなかったんだと思います。
小巻の戻ってくる日が私の白内障の手術と重なってしまったので、(小巻のお迎えには娘が行ってくれました)眼帯が取れるまでまた5日間預かってもらいました。
こちらに帰ってからの小巻は食欲も戻り腎臓の数値も徐々に下がって元気を取り戻してくれました。
もしかしたら、全く知らない場所に一人置き去りにされてストレスで具合が悪くなったのかも知れません。 一度は捨てられた経験のある子だから、尚更辛かったのかも知れません。
さて、私も28日に眼帯が取れ、小巻を迎えに行きましたがカテーテルを留置して排尿している事を除き、以前のままの小巻に再会出来てうれしくて可愛くて涙が出ました。
先生からは、多分今後も自力で排尿は出来ないのでカテーテルをずっと留置したまま過ごすことになると告げられましたがそれでも何とか元気で過ごせるならば仕方がないですよね。
先生の飼われてる犬が、同じ状況になったら尿道再建をするかカテーテルにするかどうしますか?と聞いたのですが、先生はカテーテルを選ぶと答えたので、納得した訳です。 本音はどうか分かりませんけど。。。

さて、これからが辛い事を書かなければなりません。

小巻が帰って来た日の夜中、幸多が落ち着きなく歩き回りゼイゼイ苦しそうな息をし始めました。
しばらく様子を見ていてもひどくなるようなので、夜中の3時近くでしたが、夜間動物医療センターに電話しましたが、「重傷の子が何頭か来ているので、連れて来てもすぐには診られないのでもう一軒の方に行ってください」と電話を切られてしまいました。 焦っているのでもう一軒の方の電話番号を探すのに手間取ってしまい、掛けた時には3時を過ぎていて、受付時間終了のアナウンスになっていました。
抱いたりさすったり、何とか宥めて5時になってすぐに掛かりつけの先生の携帯に電話しました。
「すぐに連れて来ていいよ。」
実は、2件目の夜間救急に繋がらなかった時にすぐに掛けようと思ったのだけど、小巻の時にも時間外に診てもらっていたし、翌日の診察だってあるしで5時まで待ちました。

早朝の、幸多と二人だけのドライブ。
きっと大丈夫だから。元気になろうね。
幸多にも自分自身にもそう言い聞かせながら、車を走らせました。
途中、信号待ちの時、ぐったり伏せていた顔をおもむろに上げて幸多は私の顔をじっと見つめました。
1分2分。。。それとももっと長く?どの位だったのかな?
幸多は耳も目も不自由な所為か、真正面の顔をなかなか見せてくれないのに。。。
その時の純粋無垢な眼差しはきっと仔犬の頃の幸多そのままで、その頃を知らない私にそっと見せてくれたのかな?
後から思うと、幸多はその時すでに「バイバイ」って言ってたのかも知れない。。。

病院に着くと、先生と若い先生が二人で待っていてくれました。
先生は聴診器を当てるとすぐに、「肺に水が溜まっているね。。。」と言って、すぐに点滴を準備しました。
しばらく付き添っていたけれど、私は白内障の術後の検診で眼科に行かなければならず点滴もすぐに終わらないので一旦帰宅しました。
眼科の受診後、帰りに病院に回ったら幸多は酸素室の中で立ち上がってクルリクルリと回って見せました。
立ち上がれるようになったけど、夕方までもう少し点滴したいからと言われて幸多に「まだ生きたかったら頑張って元気になるんだよ!」と声を掛けて病院を出ました。
今思うと、何てバカな事言ったんだろって自分自身に腹が立つけど、病院にいるという事と立ち上がって動けるようになった事でもう大丈夫!って安心しちゃった気がします。

病院から自宅まで車で30分ほど掛かります。
家に着いて、玄関を開けた途端電話が鳴り響きました。。。
幸多の急変を告げる電話でした。。。

とんぼ返りで病院に引き返しましたが、幸多は診察台の上で人工呼吸器を付けて横たわっていました。
幸多の瞳は虚ろで、朝私を見つめてくれた時の澄んだ輝きはもうありませんでした。
「酸素をはずしたらもう戻って来ないんですよね?」
虚しい問いかけとは知りつつも、先生に聞いたけど、答えは「YES]でした。
それじゃあ、自宅で看取ります!と言って幸多を抱きかかえて、混み始めた待合室を駆け抜けました。
若い先生が、深く頭を下げて見送ってくれました。

しばらく駐車場で泣いて。。。泣いて。。。
帰り道、ずっと真直ぐな道だから片手で助手席に寝かした幸多をずっと撫で続けて。
ずっと、語りかけて。
幸多と過ごした2年と42日間の思い出。
あんな事こんな事あったでしょう?あったよね!
涙がとめどなくあふれ、胸がきりきり痛みました。
愛しいね、愛しいよ、可愛い子。。。

自宅まで後10分ほどの所で、幸多の体から力が抜け呼吸が止まりました。
幸多の胸に手を当て鼓動を探りましたが、すでに沈黙していました。

眠るように穏やかに静かに旅立って逝った幸多。
私と出会って家に来てくれてどうもありがとう。
私はずっとずっとキミを忘れないからね。
ずっとずっと大好きだからね。

月日の経つのは早いもの。。。

幸多とのお別れから2か月以上も経ちました。
それでも、折に触れ幸多を喪った悲しみは思い出す度に新たな涙となって頬を伝います。
そして、小巻が戻った日に具合が悪くなった事が「小巻の代わりにボクが逝くよ」って身代わりになって行ってしまったのではないかと思ったりしてしまうのです。
小巻の事で奔走していた時も、幸多の事もジョディの事もおろそかにした訳ではなく、幸多の通院もちゃんと連れて行ったしお世話もいつもと変わらずしていたつもりだけれど。。。
私が心の中で密かに思っていた事「病院代がたいへんだなあ」っていう事を見透かされていたのかも知れないなー、と自分自身が情けなく思えたりして。。。

幸多の死因は「肺水腫」でした。 
丁度その頃、連日の猛暑から急激に気温が下がり肌寒いほどの日が続き、心臓病を患っていた幸多は血液の循環のバランスを巧く保てなかったのかも知れません。
最後の輸液に行った日は私の手術日の前日でした。 
心臓の状態を診てもらって、今飲んでる薬がなくなったら違う薬に変えようって先生に言われました。
寒くなると心臓の負担が大きくなるからねって。。。
幸多はその薬を3日分だけ残して行きました。

あの日に薬を変えてれば。。。
あの夜、夜間救急で診てもらってたら。。。
幸多はまだ私と一緒にいたのでしょうか?

どんな見送り方をしても、後悔や自責の思いは付き物って判ってるけど。。。

一つだけ、一つだけ幸多に聞きたい事がある。

私と出会って、幸多キミは幸せだったのかな?


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思うに任せて綴った文字ばかりの長文、ここまで読んでいただきありがとうございました。






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